MIRAGE(Substitutional Reality system)を体験してきた。

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  • 少し出遅れた感があるが、先週の金曜日に久しぶりに東京へ行ってmirageを体験してきたので、感じたことを数点書いておきたい。http://mirage.grinder-man.com/
  • 僕自身の第一の興味は、自分の身体が実際に真偽が不明な空間に「定位されてしまう」というのはどんな奇妙な体験なのだろう、という点にあった。だが実際には、私には、HMDに映るものは客観的な映像でしかありえなかった。これが装置と私の相性なのか、装着時間の短さが問題なのかはわからない。
  • とにかく、僕は、第三者視点でHMDの映像を眺めていた。しかし、ここで面白いことが起こった。これは、間違いなく、自分がさっきまで見ていた光景ではあるのだ。一方で、あからさまに自分の眼と外界の間に大げさなフィルタが存在していることも分かる。
  • これを通して、外界を眺めていると、同じ人が急に2人になったり1人に戻ったり、とにかく変なことが目の前で次々と生じる。ただ、当初の予感とは異なり、それが現実のものなのか、偽のものなのか、、そんなことは僕にとってどうでもよくなっていたのだ。
  • それは、僕の身体が実際にはその映像の中に存在しなかったからであったと思うと同時に、それ以前の、もう少し本質的な問題であったとも思う。それは、僕に貼り付いている「眼球・視覚系」も、やはり違った形のHMDであるということに、身体がわかってしまったのだ。
  • つまり、それは、HMDをとったところで、またその中にHMDが存在し、またその中にHMDが存在する、、、という具合に、「現実」と「偽」を判別する進級そのものが消失してしまう感覚だった。
  • この感覚がいよいよ身体化してしまったと感じたのは、自分の体験が終わった後に、観客という立場で改めてパフォーマンスを見たときのこと。ここでは、HMDをかぶった人の前で2人がダンスを踊っている様子を直接に見るとともに、HMD内の映像が大きなディスプレイに投影されている。
  • この二つの空間を眺めているときの感覚は奇妙だった。それは、ここでもやはり、僕が現に見ているものとディスプレイに映っているものとを、「現実/仮想」というような基準で区分する態度が失われていたのである。
  • 実際、大きなディスプレイに映っているものと、現にそこにある空間で繰り広げられているものが「等価」に感じられるというのは、非常に奇妙であった。こうした感覚が、哲学的な議論で存在することは知っていたが、実際に有無を言わさない形で感じられたことは得難い体験だった。

添付ファイル: fileMIRAGE_HMD.png 296件 [詳細]

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Last-modified: 2012-08-30 (木) 17:45:18 (2490d)