脳のなかの幽霊、ふたたび (V・S・ラマチャンドラン)

低次の共感覚、高次の共感覚、抽象化一般の能力(p100-)

私は1999年に、学生のエド・ハバードと一緒に、側頭葉の紡錘状回と呼ばれる構造を調べていました。紡錘状回には、セミール・ゼキによって記録された、V4という色の領野があります。これは色彩情報を処理するところですが、私たちは、数字の視覚的な外形を表象することが脳機能画像研究によって示されている領野が、そのすぐ隣にあって、このV4とほとんど接触しているという事実に気づいて驚きました。(中略)したがってこの人たちの脳のなかでは、私の幻視患者たちと同じように、なんらかの偶然によって混戦すなわちクロス配線が生じているのではないかと思われます。幻視の場合とちがうのは、それが切断手術のためではなく、脳の遺伝的変化のために生じたという点です。共感覚者を対象にした脳機能画像の実験では、共感覚者にモノクロの数字を見せると紡錘状回の色の領野が活性化することが示されています。

抽象的な数の概念が脳のどこに表象されるかはまだわかっていませんが、左半球の角回ではないかという確かな推測はあれています。左の角回が損傷された患者は、数字を見て正しく識別することはできるのに、17ひく3といった単純な計算さえもできなくなってしまうのです。これは、抽象的な数の概念は角回に、数字の視覚的外形は紡錘状回に表されることを示しているものと思われます。

私たちはそれからすぐに、単なる数字だけではなく、月曜は赤、火曜は藍色、12月は黄色というふうに、曜日や月も色を喚起するという人たちに出会いました。(中略)曜日と月と数に共通しているのは、順序という抽象的な観念で、これは私の考えでは、角回に近接する、より高次のTPO(側頭葉・頭頂葉・後頭葉の接合部)に表象されます。実は、色を処理する階層の次の段階にあたる色の領野も、このTPO近辺の角回からさほど離れていないところにあるのですが、そう聞いても、きっともう以外には思われないでしょう。曜日や月に色がついている人たちは、クロス配線が角回までのぼっているのだと私は考えています。そしてこの理由から、彼らを「高次の共感覚者」と読んでいます。以上をまとめますと、もし欠陥のある遺伝子が、早い段階の処理に関与する紡錘状回に選択的に発現すると、その人は外形によって共感覚が生じる低次の共感覚者になります。もし遺伝子が、より高次の角回近辺に選択的に発現すると、その人は、外形ではなく数値的概念によって共感覚が生じる高次の共感覚者になります。

私たちはこの「ブーバ/キキ」実験を、左半球の角回にごく小さな損傷がある患者に試してみました。すると彼らは、あなたや私とはちがって、形と音をランダムに結びつけました。流暢な会話もできるし、知性もあるし、その他の面でも全く正常に見えるのに、このクロスモーダルな抽象化ができないのです。これは非常に納得のいく話です。なぜかといえば、角回は、(触覚と固有感覚に関与する)頭頂葉と、(聴覚に関与する)側頭葉と、(視覚に関与する)後頭葉が交わる部分に、戦略的に位置付けられているからです。つまり角回は、さまざまな感覚モダリティを収束し、モダリティに拘束されない抽象的な、周囲の事物の表象をつくるために、戦略的に配置されているのです。論理的にいえば、ギザギザの図形と「キキ」という音のアイダには共通性はありません。形態は網膜に並列的にぶつかる光子によって構成されるものであり、音は内耳の有毛細胞に連続的にぶつかる空気の乱れなのですから。しかし脳は、共通項を、すなわち「ぎざぎざ」という属性を抽出します。角回のなかにあるのは、私たち人類が得意とする、抽象化と呼ばれる属性の原始的なはじまりなのです。

生物から見た世界 (ユクスキュル)

途方も無く長いダニの時間(p11, p23)

マダニは哺乳類や人間にとって、危険でこそ無いが不快な客である。マダニの生活史は、近年の研究によって多くの詳細な点についてまで明らかにされているので、ほぼ完璧な全体像を描くことができる。

まず、肢がまだ一対足らず、生殖器官もまだ無い未完成な小動物が卵から這い出してくる。この状態ですでに、この小動物は草の茎に止まって待ち伏せ、トカゲのような冷血動物を襲うことができる。何度も脱皮をくりかえした後、欠けていた器官を獲得し、いよいよ温血動物の狩りにとりかかる。

雌は交尾を終えると、八本足を総動員して適当な灌木の枝先までよじのぼる。これは、十分な高さから下を通りかかる小哺乳類の上に落ちるか、大型動物にこすりとられるかするためである。

この目のない動物は、表皮全体に分布する光覚を使ってその見張りやぐらへの道を見つける。この盲目で耳の聞こえない追いはぎは、嗅覚によって獲物の接近を知る。哺乳類の皮膚線から漂い出る酪酸の匂いが、このダニにとっては見張り場から離れてそちらへ身を投げろという信号(Signal)として働く。そこでダニは、鋭敏な温度感覚が教えてくれるなにか温かいものの上に落ちる。するとそこは獲物である温血動物の上で、あとは触覚によってなるべく毛のない場所を見つけ、獲物の皮膚組織に頭から食い込めばいい。こうしたダニはあたたかな血液をゆっくりと自分の体内に送り込む。
酪酸の知覚標識が働いたのちに、ダニがなにか冷たいものの上に落ちてしまった場合は、そのダニは獲物を射止め損ねたわけで、もう一度見張り場に登り直さねばならない。

このダニにとってたっぷりの血のごちそうはまた最後の晩餐でもある。というのは、彼女にはもう、地面に落ちて産卵し死ぬほかに何もすることがないからだ。

(p23) ダニのとまってえる枝の下を哺乳類が通りかかるという幸運な偶然がめったにないことはいうまでもない。茂みで待ち伏せるダニの数がどんなに多くても、この不利益を十分埋め合わせて種の存続を確保することはできない。ダニが獲物に偶然出会う確率を高めるには、食物なしで長期間生きられる能力も備えていなければならない。もちろんダニのこの能力は抜群である。ロストックの動物学研究所では、それまですでに18年間絶食しているダニが生きたまま保存されていた。ダニはわれわれ人間には不可能な18年という歳月を待つことができる。われわれ人間の時間は、瞬間、つまり、その間に世界がなんの変化も示さないような最短の時間の断片がつらなったものである。一瞬が過ぎ行く間、世界は静止している。人間の一瞬は十八分の一秒である。(中略)瞬間の長さは動物の種類によって異なるが、ダニにどんな数値を当てようと、全く変化のない環世界に十八年間耐えるという能力は、とうていあり得るものとは思われない。このことから、ダニはその待機期間中は一種の睡眠に似た状態にあるものと仮定しよう。そのような状態ではわれわれ人間でも何時間かの間、時間が中断される。ダニの環世界の時間は待機期間中、何時間どころか何年にもわたって停止しており、酪酸の信号が谷を新たな活動によびさますにおよんで、ようやくふたたび動きはじめるのである。

(中略)時間はあらゆる出来事を枠内に入れてしまうので、出来事の内容がさまざまに変わるのに対して、時間こそは客観的に固定したものであるかのように見える。だがいまやわれわれは、主体がその環世界の時間を支配していることを見るのである。これまでは、時間なしに生きている主体はありえないと言われてきたが、いまや生きた主体なしに時間はありえないと言わねばならないだろう。

カタツムリの時間感覚(p55-)

一匹のカタツムリを、水に浮かべたゴムボールに載せた。ボールはカタツムリの下でなめらかにすべることができた。カタツムリの殻は洗濯ばさみでしっかり固定した。こうすると、カタツムリは匍匐運動を妨げられずに、同じ場所にとどまっていられる。そこでその足下に小さな棒をさしだすと、カタツムリはその上に這い上がってくる。この棒で一秒に一-三回カタツムリを叩くと、カタツムリはあがろうとしなくなる。だが、叩くのを一秒に四回以上くりかえすと、カタツムリは棒にあがってこようとしはじめる。カタツムリの環世界では、一秒に四回振動する棒はすでに静止した棒になっているのである。このことから、カタツムリの知覚時間は一秒に瞬間が三つか四つという速度で流れていると推論できよう。その結果、カタツムリの環世界ではあらゆる運動過程はわれわれ人間の環世界におけるよりはるかに速い速度で流れていることになる。そして、カタツムリ自身の運動も彼らにとってはわれわれが自分の運動に感じる以上にのろくは感じられないのであろう。

昆虫 - 脅威の微小脳 (水波誠)http://www.amazon.co.jp/dp/4121018605 [#o734b3d2]

ハエの飛翔能力(p8)

複眼の視力(空間分解能)は人の眼より何十分の一と劣るが、動いているものを捉える時間分解能は数倍も高い。蛍光灯が一秒間に100回点滅するのをヒトは気付かないが、ハエには蛍光灯が点滅して見える。映画のフィルムのつなぎ目にヒトは気がつかないが、ハエには一コマ一コマ止まって見えるのだ。

このようにハエは視覚に誘導されて飛翔する。ヒトが追っかけて紙を振り下ろすとき、ハエにはスローモーションのように見え、アクロバット飛行で逃れ、さかさまになって天井にゆうゆうと着地する。一気数百億円もする最先端の軍用機でもこうはいかない。

昆虫の脳のサイズ(p14-)

昆虫の頭部には多数の神経細胞が集合してできた食道上神経節があり、視覚、嗅覚などの感覚情報の統合、記憶、運動の制御などの機能を担っている。そこでこれを脳と呼ぶが、この脳は哺乳類の脳と比べるとあまりにも小さい。昆虫の一立方ミリメートルにも満たない小さな脳を形成しているニューロンの数は多くて100万ほどである。私たちヒトの脳が1000億ものニューロンから構成されているのと比べると、その数は10万分の一以下にすぎない。ヒトの脳をスーパーコンピュータにたとえると、その性能がはるかに劣る昆虫の脳はせいぜいノートパソコン程度であろう。
(中略)
生態系という生存競争の現場では、昆虫の微小な脳の方が圧倒的に成功していると考えられないだろうか。

ハチはなぜ大量死したのか (ローワン・ジェイコブセン)

異変

(p13) 彼(ハッケンバーグ)は期待に胸をふくらませて最初の巣箱のふたを開け、煙を焚いて蜂を鎮めてから、巣板を引き上げた。たっぷり蜂蜜が詰まっている。いい蜂蜜だ。巣板を戻すと、次の板にとりかかった。巣箱から巣箱へと際限なく繰り返される、養蜂業につきものの過酷な作業だ。野原が異様に静かなことにようやく気づいたのは、パレット五台分の巣板をいぶした後だった。彼は助手を見て言った。「グレン、蜂がいないんじゃないかい?」
さらにいくつかの巣板のふたを開けてみた。働きバチと呼ばれる外勤蜂がいない。女王蜂の周りに幼虫の世話をする役の若い内勤蜂がほんの一握りいるだけだ。
(中略)蜂はいない。健康な幼虫を見かけたような気がしたが、違った。外勤蜂は食料を探しに毎日巣箱を離れる。しかし、内勤蜂は巣にとどまって幼虫の世話をする。健康な幼虫の詰まった巣箱を放り出してどこかへ行ってしまうことなど絶対にない。
ハッケンバーグの400箱のコロニーは、わずかに32群だけを残して、すべて壊滅していた。
(中略)彼は地面に手と膝をついて野原を這いまわった。顔を地面から数インチのところまで近づけて、少なくとも蜂が巻き込まれた犯罪の手がかりを教えてくれる遺骸を探そうとした。だが、一匹も見つからない。いったいミツバチに何が起きたのだろう。何が起こったにせよ、飛び去る力はあったのに、戻ってこなかったわけだ。
 2007年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。

(p103) 報告が山のように寄せられだした那加で、真っ先に養蜂家の調査を行ったのはペンシルベニア州だった。その結果、この新しい事態を経験している養蜂家は全体の四分の一近くにも上り、失った巣の平均は七三パーセントにも及んだ。この新たな災厄に教われていない養蜂家でさえ、平均二五パーセントの損失を報告していた。ペンシルベニアにあたった四万箱の巣箱のうち、実に一万五千箱にもおよぶ蜂が死に絶えていたのである。
状況は、カリフォルニアからニューヨークまで、まったく同じだった。国内の半数の巣箱には問題がなかったが、残りの半分は異常な事態に見舞われていた。アメリカ全体では、この冬に、おそらくミツバチのコロニー240万群のうち80万群が壊滅したものと思われる。300億匹のミツバチが死んだというのに、その原因は誰にもわからなかった。
カナダも同じことを経験していた。2007年の冬、オンタリア州のミツバチの35%が死んだ。
ヨーロッパでも悲惨な状況だった。フランス、スペイン、ポルトガル、イタリア、ギリシャ、ドイツ、ポーランド、スイス、スウェーデン、ウクライナ、ロシアでは、この冬に会わせて40%近くの蜂が死滅した。南米は壊滅状態だった。タイと中国も、大きな被害に見舞われた。

夢の農薬、イミダクロプリド

(p135) 農薬メーカーのジレンマを考えてみよう。目標は生き物にとって有毒な化学薬品を作り出すことだが、ただ単にあらゆる生命を抹殺してしまうわけにはいかない。この薬品は植物に使うものだからだ。害虫は殺すけれども、植物は殺さないような物質を使うことが肝心だ。それでも、守ろうとしている作物は、最終的には動物の餌になる。誤ってほかの動物を殺すことなしに、特定の動物だけを殺すように図らなければならない。だから、農薬を製造するコツは、昆虫と人間の基本的な生物学上の違いを利用することにある。

(中略)イミダクロプリドが成功した理由のひとつは、この薬剤が「浸透性農薬」であることにある。浸透性農薬は植物の体内にしみこんで、茎、葉、根など、その植物のあらゆる組織に現れる。薬剤の浸透した植物のどこをかじっても、昆虫は死ぬわけだ。雨で流れてしまうこともないし、作物に噴射する必要すらないことも多い。イミダクロプリドに種を浸して、そのまま育てれば、イミダクロプリドがたっぷり詰まった植物に育つ。(中略)イミダクロプリドで処理された種を植えれば、毒の霧を撒いて、大気や地下水を汚染することが避けられる。雨が降るたびに農薬を撒く必要もない。農家は大喜びだ。

(散布型の農薬を使用していた時代は、)農業経営者は、ミツバチが仕事を終えるまで農薬散布を控えるか、そこまでいかなくとも、農薬散布時期が近づいていることを通知するようにはなった。そして徐々にではあったが、農薬に殺されるミツバチの数は、以前の三分の一にまで減少した。(中略)だが、新生代の浸透性農薬(イミダクロプリド)の登場は、こんな状況を一変させてしまった。ミツバチが仕事をしている最中でも、農薬を不使用にするようなことはできなくなったのだ。バイエル社は、何も問題はないと主張している。彼らの研究によると、花粉や花蜜に含まれるイミダクロプリドの量はごく微量でしかないため、ミツバチが集めて素に持ち帰るイミダクロプリドの量は無視できるほど少ないと。
(中略)このような量のイミダクロプリドでも、まだミツバチを殺すに至らないことは事実だ。とはいえ、ミツバチが構成している社会的な特性には影響が出ないのだろうか?殺しはしないけれども致命的な影響を与える農薬がミツバチの行動に変化を起こし、巣の知恵を損なって、CCDのような症状を引き起こすことはないのだろうか?

まさにこの疑念は多くの研究に裏付けられることになった。
(中略)イタリア、フランス、イギリスで行われた研究でも、イミダクロプリドの亜致死濃度すなわち殺しはしなくても致死寸前になる濃度の影響が確認された。ある研究では、ミツバチを巣の中に閉じ込めて、50ppbのイミダクロプリドを与えた。巣内のミツバチは、動きを止め、他のミツバチとまったく交信しなくなったが、数時間後にこの状態を脱して、正常に戻った。これも、イミダクロプリドに酩酊させられた状態で巣から飛び立った蜂は、この薬剤に直接殺されたわけではなく、巣に戻る方向がわからなくなって外で客死したという説を裏付けている

フランスのイミダクロプリド無期限使用禁止、伴わない効果(p145~)

フランスの農業省は1999年1月に、ヒマワリの種へのガウチョ(イミダクロプリドの農薬)使用を全国でに年間禁止する措置をとるとともに、一連の調査を指示した。(中略)このあとすぐに、ヒマワリに対するガウチョの使用禁止措置は無期限になった。

バイエル社は不当にあしらわれたのだろうか?この答えを出すのは難しい。CCDの症状は、イミダクロプリドを有罪に導く確実な証拠であるように思えるとはいえ、その反証となる多くの証拠もあがっているからだ。2008年現在、フランスは今でもイミダクロプリドとフィプロニルの使用を禁止している唯一の国だが、フランスのミツバチが、イミダクロプリドが現在も広範囲に使用されているヨーロッパのほかの国々より良い状態にあるとはとてもいえない。

薬品同士の相互作用を解析することの困難(p157, p221)

 それなら、世界の試乗を支配する化学薬品の複合企業体、つまりバイエル、BASF、ダウ、モンサント、ヂュポン、シンジェンタなどが、新製品を販売するときに、すでに環境に存在する毒とどのような相互作用を引き起こすかを検査しているわけだろう?
 いや、実のところ、彼らが相互作用について検査を行うことはまったくない。
 ジェリー・ヘイズはこの点を懸念している。「ミツバチにおけるこのような薬品の影響の検査は、とてもおおざっぱで基本的なものでしかない。薬品はすべて検査はされるが、調べられるものは個々の薬品の影響だけだ。基本的に検査は、ミツバチを殺すか否かについて行うもので、亜致死量についても、複合的に使われた場合についても検査はしない。もし10種類の農薬を混ぜて、ミツバチのえさに含ませるようにして、それをミツバチが食べたとしたらどうなる?亜致死量の物質に毎日24時間7日間さらされ、それも1種類じゃなくて15種類もの物質にさらされたら、いったい何が起きる?(中略)我々には科学的なデータが何もない。(中略)」
 (中略)たとえば、最近の研究で次のようなことがわかった。「プロキュア」という殺菌剤は、ウリ科の植物やリンゴ、梨、イチゴ、さくらんぼなどの、ミツバチが花粉を交配する作物につく「うどんこ病菌」を処置するために使われるが、ネオニコチノイドとともに使われると、相乗効果により、ミツバチにとって1000倍もの毒性が強くなる。また、フルバリネートの一般的な処方の一つには、ピペロニル・ブトキサイド(PBO)と呼ばれる「非活性」成分が含まれているが、この成分が100ミリグラムあるだけで、フルバリネートの毒性はミツバチにとって20倍も高くなる。ほとんど行われていない複合農薬の影響調査のうち、すでにこの二つの結果が得られているとすれば、世界中の畑や小川では、毎日この何百倍もの毒のカクテルが生み出されていると見てよいだろう。~

2008年の時点で研究者たちは、CCDには単一の原因があるという考えをほぼ捨て去っていた。(中略)研究者たちは、あらゆる見込みのある手がかりを追い、「AとBとCがミツバチにとって特によくない」という期待の持てそうな証拠のかけらを積み上げたが、決定的なことは何一つ導き出せなかった。
問題の一つは、潜在的な原因が相互作用を引き起こして邪悪な相乗効果を生み出していることにある。殺虫剤は、殺菌剤との相乗作用により、より毒性の強い薬品に生ることがある。さらには、ウイルスをより強力なものにさえしかねない。ウイルス自体、ほぼ確実にウイルス同士で相乗作用を生み出しているのだが、そのプロセスはまだ解明されていない。(中略)
そして、抗生物質の問題がある。ほとんどの養蜂家は、アメリカ腐蛆病のようなウイルス性の病気と闘うために、ミツバチに抗生物質を投与している。抗生剤は腐蛆病を食い止めるとはいえ、蜂にどんな影響を与えているかはわからない。

ミツバチのストレス(単一の食事、人口密集)(p211,p228)

 20年前、(中略)カリフォルニアの有名な養蜂家アンディー・ナッチバウアはすでに将来の危険な方向について養蜂家にこう警告していた。
 アーモンドの花粉のみという食事は、ミツバチにとって好ましいものとはいえない....ミツバチはバランスのとれた食事が必要で、そのためには、ほとんど常に二種類以上の花粉が必要になる。アーモンド(それ以外の作物においても)の受粉では、あまりにも多くの巣箱が比較的狭い地域に集めて置かれるので、果樹園を超えた場所や果樹が植えられている地面から花粉を集める機会がほとんどない。そして、100万箱に近い巣箱がアーモンド受粉のために狭い場所に結集したとしたら、ウイルスが蔓延する格好の場所と化すのは必至だ。
(中略)「こういったコロニーは、花蜜が流れて蜂蜜を潤沢に作り出した後や蜂児を長い間育てたあとは、強勢で生産性の高い巣のように見えている。だが秋や初冬にやると...非常に短期間のうちに変化が生じ、山のように蜂蜜を残したまま、蜂の姿が消えてしまうんだ。」ミツバチがもっとも無防備になるのが、蜂蜜を潤沢に作り出したあとか蜂児を育てたあとだという事実は、一見すると理にかなわないように思われるかもしれないが、子どもをたくさん育てた人や、何ヶ月も残業を続けたことのある人なら理解できるだろう。~

ちょうど厳格な菜食主義者がトウモロコシと豆類の双方を食べることによって補体タンパク質を作り出すように、ミツバチにとっても、生殖機能、脳、免疫系といった複雑な人生のプロセスを築くために必要な完全タンパク質を作り出すには、さまざまな種類の花粉が必要だ。ふつうなら、多種多様な花を折々咲かせることによって、自然がこの状況をお膳立てしてくれる。バラエティーを好むのは、コロニーに本来備わった性質だ。(中略)けれども、今でも自然の野原で花蜜や花粉を集められるのは、滅多にないほどの運のよいコロニーだけだ。ほとんどのミツバチは、トラックに載せられて花粉交配の仕事に駆り出される。そこでは、一度に何週間いんもわたって一種類の花だけを訪れることを余儀なくされる。その花は、高品質のタンパク質を提供してくれるかもしれないし、そうではないかもしれにあ。

(p232) 実入りのよいアーモンド受粉契約をとりつけようとする商業養蜂家は、みな冬の間、蜂に大量のコーンシロップを与える。これで、卵が大量に産みつけられ、蜂児が育って、蜂の数は増す。ゴールは、2月の初旬までに、八枚の巣板に蜂がびっしりうごめく巣板を作り上げることだ。けれども、蜂が数を増すのは、春が来たと勘違いするためだ。(中略)花蜜があるということは、花が咲いていて、花粉が手に入ることを意味していた。シロップを与えられたコロニーは蜂児を生み育てるが、花粉の供給がないとすれば、突然、今まで二万匹の蜂を賄っていた分のタンパク質を四万匹の蜂に薄く広く分け与えなければならない。この結果、素には、強い免疫系を持つ少数の元気な蜂の代わりに、砂糖でハイになり糖尿病にかかった膨大な数の蜂がうごめくことになる。
この次にやってくる運命は?そう、蜂たちは彼らの生涯でもっとも過酷な仕事、すなわちアーモンドの受粉をしなければならない。タンパク質をたくさん食べて育った蜂と栄養失調の蜂の区別がつけられる者など、専門家の中にも、ましてや一般の者にはほとんどいないから、蜂であふれている巣箱には、高い報酬が支払われる。
(中略)だが、一週間後、一本の電話がかかってくる。巣箱がすべて壊滅してしまったというのだ。アーモンド生産者は激怒し、養蜂家はわけがわからず呆然とする。いったいどうしたというんだ?蜂はあれだけいたのに。

システムを見直す(p236)

生き延びるために、(養蜂家は)その都度、何かを足してきた。フォークリフト、より大きなトラック、抗生剤、殺ダニ剤、殺菌剤、オーストラリアのミツバチ、メガビーのパテ(タンパク質サプリメント)....。養蜂家は驚くほど臨機応変だ。世の中が足下を崩そうとする中で、200万箱の巣箱をジャングリングしてきたのだから。それでも、彼らにだって限界はある。CCDは、こんなふうに不安定な状況にある巣箱が地面に落ちた結果なのかもしれない。

今まで頼っていたものが壊れそうになると、私たちは本能的にそれを直し、てこ入れをして、存続させようとする。これは農業とか花粉交配についても同じだ。もっと肥料を撒こう。もっと化学薬品を与えて寄生虫や病気と闘おう。もっと集中的に餌を与えて、1月に蜂が飛び回って蜂児をつくれるようにしようと。朝食の献立が危機に瀕しているときには、それ以外のことを考えるのは難しい。だが、もうこれ以上何かを足すのはやめる時期に来ているのかもしれない。善意ある頭脳優秀な科学者たちがミツバチを生かし続けるパンケーキを作り出したのは、とても素晴らしいことだが、どこか狂っているように思える。これは解決策なのだろうか。それとも、破裂しかかっているシステムをバンドエイドで補修するようなものなのだろうか。おそらく私たちは重大な問題を問う時期に来ているのだろう。もしかしたら、システム自体をあきらめるべきではないのかと。

ダニとの共存を選んだある一人の男

(p255) 殺ダニ剤はミツバチヘギイタダニの蔓延を遅らせることはできるが、(中略)ミツバチ自身を弱め、不均衡が悪化して、最終的な「調整」が生じることになるだろう。この「調整」が、現状よりずっと深刻な被害をもたらすことは必死だ。
カークウエブスターは、そのような事態を引き起こさなくてもすむ道があると考えた。そして1998年に、ミツバチヘギイタダニとの闘いをやめて、このダニから何か学ぶことはないか、様子を見ることにした。(中略)ミツバチにいっさい手を出さないことを決めたウエブスターは、ただ手をこまねいて、おびただしいコロニーの蜂が死んでいくのを見ていなければならなかった。生き残ったコロニーは、ほんの数群しかなかった。これは経済的にも気持ちの上でも負担が置き買ったが、ウエブスターの決意は揺るぎなかった。ミツバチヘギイタダニは敵ではない。ダニは、問題解決のために自分を助けてくれているのだ。問題は、脆弱なミツバチにある、と信じていたから。

(p260) '''彼は、ミツバチヘギイタダニの災いを生き延びたわずかな蜂を集めて育種にのりだした。すべての蜂がこのダニに対する抵抗力を宿していたわけではなかった。ただ運がいいだけで生き残った蜂もいたから。けれども、交配を重ねるにつれ、新しい世代の生き残りは、前の世代よりも少しずつ抵抗力を強めていった。各世代とも、生きるための遺伝的な手だてをおさめた袋の中に隠れていた復元力を、少しずつ再発見していった。ウエブスターのもくろみは着実に進展していた。(中略)アピスタンやチェックマイトなどの化学薬品は、弱いダニを殺して遺伝子プールから除くことにより、より強力な「スーパーダニ」を育てる。ウエブスターはスーパーダニなど欲しくなかったが、彼の蜂がたくましくなるにつれ、まったくダニのいない状態も好ましくないと思うようになっていた。 「70%の蜂が冬を越せるようになった今、ダニは死んでいるより生きていた方が役に立つようになったんだ。ダニは常にこの弱い30%の蜂を間引きしてくれるし、一番優秀なコロニーもはっきり教えてくれる。これは、板の上にダニを貼付けて、何時間もかけてその数を数えるという科学者たちがやっている方法より、よほど簡単で金もかからない。だから、みんなに言いたいね。ダニにやらせよう、と」'''

(p267) ウエブスターをはじめとする自然養蜂を実践する養蜂家は、女王蜂をほかから購入するようなことはしない。もし地元の環境によりよく適合したミツバチを作り出すことを目指しているのなら、(中略)自分の住んでいる地球の一角の自然が提供する諸条件のもとに生き残った女王蜂や雄蜂を使うことが必要なのだ。これは面白いことでもある。というのは、どの世代の蜂も、その両親にはなかったスキルや特性を身に付けてゆくことになるから。世代を減るごとに、よりよい蜂が育つのだ。

(p281) 明らかに、人が住む場所、有機農業、そして自然環境がパッチワークのように点在する形は望ましい姿だ(実際、この形態は過去一万年のほとんどを通して人々が送ってきた暮らしの姿に酷似している。)ミツバチの壊滅は、実は、このようなシステムに戻るための第一歩だと唱えるものもいる。他ならぬバリー・ロペスも、ミツバチの失踪についてこう語っている。「たいしたことじゃないだろう。生態学の見地から見れば、マメコバチのような地元の受粉昆虫が戻ってくる可能性を切り開いてくれる現象にすぎない」

柑橘類の受粉、種(p165)

 (中略)ほとんどの柑橘類は自家受粉する。つまり、ひとつの花にあるオスとメスの部分が結合して果実が実る。そのため、オレンジ園の農場主は、何の見返りも泣く花蜜を養蜂家に渡しているとずっと思い込んできた。けれども現在では、ミツバチが柑橘類の受粉を行うと、より良質の果実がより大量に収穫できることが研究で明らかになっている。ミツバチがいなければ、オレンジは今の半分しか出回らなくなり、ずっと高価な果物になってしまうだろう。ところが、クレメンタイン(日本のみかんに似た品種)の場合は事情が異なる。(中略)種がなく、簡単に皮がむけることから、アメリカの子どもたちの非公式なスナックとさえ呼ばれるようになった。カリフォルニアはこの機に乗じ、何千エーカーも渡ってオレンジの木を根こそぎ抜いてクレメンタインに植え替えた。けれでも生産者たちは、クレメンタインはほかの柑橘類と交配すると、種ができることを知らなかった。種のあるクレメンタインが食べたい消費者などいない。そこで、クレメンタイン生産者は毎年花の時期になると、周囲何マイルにもおよぶ飛行禁止ゾーンを設定しようとして、カリフォルニアの養蜂業者と臨戦態勢に入る。


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-04-28 (土) 14:43:05 (2034d)