Goldreich, D. (2007). A Bayesian perceptual model replicates the cutaneous rabbit and other tactile spatiotemporal illusions. PloS One, 2(3), e333. doi:10.1371/journal.pone.0000333

原文

INTRODUCTION

触覚の不確実性

  • 十分でない密度で配列された受容器(low receptor density)による空間的な不確実性は、知覚にとって困難を引き起こす。
  • 霊長類で最も触覚における識別能力の高い指には、1平方センチあたり数百の感覚細胞の神経繊維が詰まっているが、これは、網膜神経節細胞の最も高密度の部分と比べて、四桁も低い水準である。(..., a density four orders of magnitude lower than the peak ganglion cell density in the retina.)
  • 積極的な探索を行わない場合、指の空間分解能はミリ単位であるが、前腕ではその精度は悪化し、センチ単位となる。

接触に関する時空間錯覚

  • 代表的な接触に関する錯覚の説明。
    1. cutaneous rabbit(Fig.1A)
      • (説明は省略)rabbitが中継する地点が麻痺している場合にも生じるため、CREの起源が中枢神経システムにあることがわかる。
    2. tau effect
      • 2つの接触刺激間の距離が同一であれば、時間間隔が短ければ短いほど、刺激間の距離も短く感じられる(Fig.1B)。
      • 二つの異なる距離を持つ刺激列も、時間を調整することで同一距離に感じられる(Fig.1C)。
      • 非常に速い刺激列は、皮膚上の一点に生じているように感じられる(Fig.1D).
      • 刺激間の時間間隔が一定の場合、刺激間の距離は小さく見積もられ、その大きさは、実際の刺激間距離に比例する形で広がる(Fig.1E).
    3. kappa effect(Fig.1F)
      • 刺激間の(知覚上の)時間差は、刺激間距離が大きくなるにつれて広がる.

基本的な原理は何か?

  • 以上の錯覚群は、見たところ、二つの基本的な知覚の歪みを反映している。一つは、刺激間距離(ISD)の過小評価、もう一つは刺激間時間差(IST)の過大評価である。
  • 筆者は、これらの歪みを、相対性理論において観察される現象との類似より、知覚における「length contraction(距離圧縮)」、「time dilation(時間膨張)」と命名する。
  • Perceptual length contractionは、多くの錯覚の基礎となっている(CRE、tau effect)。
  • Perceptual time dilationは、後に議論する理由から、報告される機会はより少ない(kappa effect)。
  • 本研究では、これらの知覚上の歪みを引き起こす推論的プロセス(inferential process)に関する記述方法を提起する。
  • 視覚や聴覚において報告されている類似の現象についても、提案する記述の枠組みの中で説明できるかもしれない。
  • 提案するベイズ観測モデルは、図1において紹介した時空間の歪みを再現するものである。
  • このモデルは、以下の二つの理にかなった事前知識を考慮して、空間的あるいは時間的に不正確な神経伝達に関する信号を解釈することによって知覚の判断を構成する。
    1. 少ない距離・時間差によって分離される連続刺激は、オブジェクトの一様な動きから生じる(Stimuli separated by small spatial and temporal intervals originate from uniform object motion)
    2. 皮膚上にあるオブジェクトはゆっくりと動く傾向にある(objects that contact the skin tend to move slowly)
  • 以下で見るように、知覚上の「距離圧縮」と「時間膨張」は、(このような仮定を基にして構成される)ベイズ観測モデルにおける生起する「創発特性」(emergent property)である。
  • 連続する素早い刺激に直面すると、観測モデルは、知覚的なレベルでISDを下げるとともに、ISTを増加させる。こうして、あらかじめ期待される速度知覚との帳尻を合わせる(reconciling velocity perception with expectation)。

MATERIALS AND METHODS(Basic Model)(pp.9-pp.12)

ベイズの復習(生成モデル・事後確率・事前確率)

  • あるシステムの内部状態(a,b,...)とそこから観測されるデータ(D)には何らかの相関関係が存在するとする。
  • すなわち、ある特定の内部状態(例えばbが1のとき)から観測されるデータに関する分布は完全にランダムではなく、(典型的には)特定の値(D=x)にピークを持つような傾向を有する。 この場合の相関関係は、P(D|a,b)と表され、既知であるとする(たいてい、ガウス分布として近似される)。この式を「生成モデル」と呼ぶ(内部状態が観測値を生成すると考える。たしか、ロボットの世界ではセンサーモデルと読ぶのが慣例だったはず'')。
  • 通常、問題とされるのは、観測値Dから、システムの内部状態(a,b,...)を予測すること。すなわち、P(a,b,...|D)にアクセスすることである。この式を「事後確率」と呼ぶ。
  • 事後確率生成モデルの間には以下の関係が成立する。
    • P(a,b,...|D)=P(D|a,b,...)P(a,b,...) / P(D)
  • 上式において、P(a,b,...)は、システムに対して何の知識もない場合の内部状態に関する分布を示すものであり、これも普通、既知とされる。この式は、事前確率と呼ばれる。
  • P(D)はDに関する事前確率と言うことができる(そのように呼ばれるかは知らないが)。今、特定の観測値Dが得られている、すなわちDは定数であるため、P(D)もまた定数である。
  • 従って、上式から、分母を省くと、以下のようにより簡略化したかたちで記述することができる。
    • P(a,b,...|D)∝P(D|a,b,...)P(a,b,...)
  • 上式は、観測値(D)が得られた状態で、システム内部状態(a,b,...)に関する事後確率は、事前確率生成モデルの積に比例する、ことを意味している。

Basic Model

  • 式(6)は、
    • システムの内部状態(m,b)・観測値(D)に対して、ベイズの観測モデルを適用したもの。
    • 連続する触覚刺激があった場合に関して:mは速度、bは初回の刺激位置、Dはニューロンレベルで観測されるデータ
    • Dは、ここでは、おそらくかなり呈示の末梢系ニューロンを想定しており、従って、(ノイズは混入するにしても)基本的には真値をつかまえていることが想定されている
      • 具体的には、第一の接触(x1)・第二の接触(x2)・x1とx2の時間差(t)をコードしていると考える(D=(x1,x2,t)あるいはD=(x,v))。
      • 以下では、Dを(小鷹の)直感に合致するように「ニューロンの初期応答」と記す。
    • 脳が予測する対象は、P(m,b|D)。すなわち、ニューロンの初期応答(D)から、実際の接触位置・速度を予測すること(というより実際に知覚すること)。
  • 式(7)は、
    • 触覚位置(b)・速度(m)に関する事前確率P(m,b)の定義。
    • (m=0)を山とするガウス分布。σvはガウス分布の分散。
    • 位置については何の制約もないため、(7)の右辺にbは含まれない。
    • 事前分布として、動いていない状態の尤度が最大化されている。
    • σvは、物体の不動性に関する信頼度と解釈することができる。
    • 以上の分布は、図2Bの上段で見ることができる。
  • 式(8)は、
    • 生成モデルP(D|m,b)を定義したもの。あるいは、あらかじめ、P(D=(x1,x2,t)|m,b)としておくとわかりやすい。
    • 生成モデルは、基本的には、初期ニューロン応答を信じる、と考える。従って、b=x1、m=((x2-b)/t)の時に、尤度が最大化するように設計する。
    • 以上を反映して、生成モデルは、二つのガウス分布の積に比例するものとして定義されている。
    • 第一の分布は(b=x1)を山とするもの、第二の分布は(m=(x2-b)/t: mt+b=x2)を山とするものである。
    • σsは両者のガウス分布で共有されている分散値。σsは、''ニューロンの初期応答に対する信頼度"に関する変数である。
      • この信頼度は、皮膚接触に関する空間解像度に対応していると考えればよい。
      • 一般に手のホムンクルスは大きいため、解像度も高く、従ってσsも小さい。これに比して、前腕はもう少し粗くなる。つまり、σsは、接触の場所に依存して決定する。
    • 以上の分布は、図2Bの中段で見ることができる。
  • 式(9)は、
    • 単に、式(6)に式(7)と式(8)を代入したものであり、高次(といってもS1において発現する)知覚を構成する事後確率である。
    • (9)式を、m,bに関して微分したものがゼロとなるときに事後確率は最大化する。この結果を長さに関して計算したものが式(1)、速度に関して計算したものが式(3)。ただし、小鷹の計算では、近いところまでいくが一致しない。(3)の導出に関しては、(mt+b-x2)を(mt+x1-x2)として、l'=l/(1+(1/tλ)^2)となった。これでも微妙に違う。で、あきらめた。
  • 式(1):length contraction l'=l /[ 1 + 2/<(λt)^2>]
    • tが∞となるとき、l'=l。すなわちlength contractionは生じない
    • tが0に漸近すると、l'はゼロに近づく。すなわち、長さは失われる
    • 皮膚の空間解像度が増すと(→σsが小さくなる→λが大きくなる)length contractionの効果は小さくなる
      • (→)指領域よりも前腕領域でlength contractionの効果は強くなることを予言している。

Basic Model with Spatial Attention

  • 式(10)は、
    • 式(9)と異なり、初期刺激と後続刺激に対する分散に違う値が充てがわれている。
    • 初期刺激(あるいは後続刺激)に対して注意が向かっている場合、初期刺激(あるいは後続刺激)領域の接触の空間解像度が高まると考える。
    • これが、分散値の違いを生む。
    • 図5が示すように、この結果は明白であり、length contractionの影響を受けつつ、刺激位置が全体的に注意の向いている位置へとシフトする。

Full Model

  • これまでのモデルは時間を絶対的なものとして扱ってきたが(ニューロンの初期応答で得られた時間差は予測の対象ではなく前提であった→実際の持続時間と知覚された持続時間は同一)、 Full Modelは、初期刺激を与えた時間(t1)・持続時間(τ)をシステムの内部変数として、予測の対象としている(すなわち、予測によって変化し得る)。
  • 時間が変数化された場合も、length contractionの効果は式(2)と同一。
  • 式(16)より
    • 知覚される持続時間(t')は、実際の刺激の時間差(t)よりも長くなる(time dilation, kappa効果)。
    • また、刺激間の距離がゼロ(l=0)のときt=t'、すなわちtime dilationは生じない(←これは実験データと合致しているのだろうか?)
  • 図(6)
    • (AB)連続する触覚刺激の時空は、length contractionとtime dilationの効果によって歪む。これに伴い、(横軸を時間としたときの)傾きの急峻さは弱められる。すなわち、速度は実際よりも過小評価される。
    • (C)指(σs=1mm)の皮膚上のISDと持続時間t'の関係のグラフ(実線)。点線は実際のIST。式(16)より、lが大きくなると、t'も大きくなる(kappa効果)。
    • (D)前腕(σs=1cm)の皮膚上のISDと持続時間t'の関係のグラフ(実線)。点線は実際のIST、破線は(C)の結果である。 前腕におけるtime dilationの立ち上がりは、指(C)と比較するとかなりなだらかである点に注意。対応する部位の空間解像度の違いによる影響。

DISCUSSION(pp.7-pp.9, 基本的に全訳(ところどころ意訳))

触錯覚の歴史

  • 接触の時空錯覚は長く興味をそそられる現象であるとともに、研究者を悩ませてきた。おそらく、こうした現象に関する最も早い記録はWeberによってもたらされたものである。 彼は、1834年に、二つの固定されたカリパス(caliper)によって分離された距離に対する知覚が、皮膚上を前腕から指上へとドラッグしていく過程で増大することを見出した。 Weberは、空間解像度の悪い皮膚領域において、距離は過小評価されると結論した。これは、現代の研究の見解とも一致するものであり、Greenによってspatial compressionと名付けられた現象である。 Weberによる出版から数百年を経て、Helsonはtau effect(知覚される触覚間の距離は刺激の時間差に依存する)を報告した。後に、Geldard and Sherrickによって報告されたCREは、空間的な知覚が時間に依存することを確認した。一方で、時間的な知覚が空間(的差異)に依存するというkappa効果は、Cohenの研究チーム(視覚)とSuto(接触)によって、同時期に発表された。

従来のモデル

  • 複数の有望な理論的説明が、こうした錯覚を説明するべく洗練されてきた。Collyerは、脳が複数のセグメントに別れた刺激列に対して、全てのセグメントで同一の速度が検出されることを予期しており、そのことによって、時間と空間の知覚を調整されるという理論を提起した。例えば、古典的なtau effectにおいては(図1B)、1ー2の刺激間速度と2−3の刺激間速度が同一であるとする脳の期待によって生じるという仮説が立てられていた。JonesとHuangは、constant velocity assumptionから得られる期待値を用いて、刺激間の知覚距離と知覚時間を、距離と時間の真値と期待値との重み平均としてモデル化しており、これは先に述べた理論との親和性が高い。これらとは異なるとりわけ突飛なアプローチをとったBrignerは、時空間の錯覚は、知覚における時空間の参照座標系?(space-time coordinate frame)の回転の帰結であるという仮説を述べた。この仮説によると、その種の変換によって、図6Bで見られることと逆の知覚的移動が生じることになる。すたわち、真値を結ぶ線分は固定されたまま、時間と空間の軸が反時計回りに回転する。
  • これらの興味深い説明のどれ一つとして、幅広い実験データに対する定量的に適合性を果たすことはなかった。すなわち、それぞれに欠点があったのである。Collyerの仮説は、3つ以上の触覚刺激に対する知覚においては妥当な理論である一方で、ただ二点の連続刺激(図1A)に対してなぜ錯覚が生じるかについての説明に頓挫してしまう。JonesとWangによるweighted average modelは、どのように重み(relative weights)を決定するか、とりわけ、刺激間の持続時間の大きさに対する明らかな依存性がどのような機構に根ざしているのか、こうした疑問に答えるものではない。Brigerによる興味をそそる手案は、少なくても定量的には、二つの異なる位置における刺激によって生じる知覚的錯覚を説明付けることに成功しているが、脳が、なぜ、あるいは、どうやって提案された座標の変換を行っているのか、この点については不明である。

提案モデルの有効性

  • 本稿で記述されたベイズ観察モデルは、知覚において距離が縮む減少と時間が膨張する現象について筋の通った説明を提供するとともに、CRE、tau effect、kappa effect、その他様々な時空間錯覚を正しく再現するものである。これらの結果は、脳が、感覚神経信号に生まれつき存在する時空間の不確実性によって課された限界を超えるべく知覚を高度化するために、(おそらくは触覚の経験に基づいて)あらかじめ「遅い速度」と見積もることが有利に作用していたことを示唆する者である
  • ベイズ観察モデルによる遅い速度に対する見積もりは、視覚モデルにおいても、同種の(遅いスピードに対する)見積もりが、動体知覚においてコントラストの効果を再現することを思い起こさせる。
  • これらのモデルが持つ類い稀なる説明能力は、無意識的推論過程におけるヘルムホルツの知覚に対する視点(知覚イメージを生むにあたって、以前の経験は現在の感覚と結合して作用する)を支持するものである。 ベイズ理論から創発された(人間の触覚刺激を特徴付けている)知覚的な時空の歪み方は、相対性理論における物理的な長さが圧縮され時間が増大する現象と、おおよそ相似的である。私は、この類似に関して特別な意義を認めるわけではないが、ただ、(基となる仮説がいかなるものであれ)速度に関する制約は、自然な帰結として、時空の歪みを生むことについては指摘しておきたい。

提案モデルが予言していること

  • 本ベイズモデルは、様々な検証可能な予測を生むとともに、数多の(将来実施するに足るような)実験を誘うものである。例えば本モデルは、より精細な空間解像度を有する身体領域においては、time dilationの効果がより強化されること(図6)・length contractionの効果がより低減されること(図3)を予言するものである。さらに、図9が示すように、同じだけ離れた二つの点状の刺激から引き起こされる速度には限界が存在することも予言している。 時間的な知覚に関する実験は、kappa effectが実際に、より触覚精度の高い皮膚領域で強まるかどうかを確かめることができるだろうし、速度に関する実験では、図9Bで示した曲線との比較のためのデータを提供することができる。加えて、本モデルは、被験者内計画の実験を実施することで、λを構成する変数であるσsとσvがどのように作用するかについて、身体部位の違いのみならず、知覚的な経験のプロセスに着目して検討することができるかもしれない。 最後に、ベイズモデルは、(そもそもは触覚の知覚をモデル化するためにデザインされたものであったが)類似の時空間錯覚を示す他の感覚モダリティーに関する知覚に対しても有効性を持つかもしれない。 例えば、図6Dを、視覚の問題に適用すると、周辺視野上の刺激列よりも中心窩付近でより強力なkappa effectが生じることを予言している。

モデルの精緻化・拡張

  • 本モデルに関しては、なされるべき重要な仕事が残されている。 視覚の動体知覚に対してなされたのと同じようなかたちで、触覚の刺激列を人が知覚する際に仮定されるべき正確な形状の事前分布や尤度分布が決定される必要がある。本モデルの事前分布や尤度分布に使われているガウス分布は、こうした実験を通してより精緻化される必要があるかもしれない。さらに、本モデルを、より複雑な点状の刺激列を、あるいは、よりゆるやかな動きの知覚を取り扱うモデルに拡張するために、理論的な仕事がまた必要となるだろう。 興味深いことに、式(1)と整合的な結果として、人は、ブラシが皮膚上の一定区間を一気になぞる場合、なぞる時間が短くなるほど、なぞられた区間の距離を過小評価するという

脳活動への還元

  • 最後に、触覚の知覚に与するベイズ確率分布が、脳内のどこで表象され、どのような神経機構が関わるのかに対する探究が必要である。 興味深いことに、前腕上のCREは、位相空間的に対応する体性感覚野の皮質領域での活動が伴うことがわかっている。 また、今後、CREを説明するために近年提案された体性感覚皮質機能のモデルと、ベイズ分布の神経活動上の表現との間の関係性を探究することが要求される。

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Last-modified: 2014-09-10 (水) 11:50:53 (1169d)